先生のブログ

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  水 越 卓 治 

プロフィール
2017/06/09

卓408 calmness

梅雨を目前に稲の緑も日々濃くなり,

   

2017/6/8  15:46

   

地理教室前廊下。

この方向(東北東)の地平線に見える

牛久大仏の方向へ。

  

火曜日は半休指定日で,この日は午後をお休みに。

 

   

  

  

田園に佇む大仏様の景を見に。

 

今週は体育祭ウィーク。

  

予行や設営の時間,職員室内もがらんと。

   

6/9

  


 

決戦は6月10日(土)です。

   

    

   

∬∬∬∬∬∬∬∬∬∬∬∬∬∬∬∬∬∬∬∬∬∬∬∬∬∬∬∬

  

  

6月5日に現職で急病により逝去された

加藤隆司先生の思い出を記しました。

WEB上では学校HPにお知らせが

出る前の投稿ではありますが,おゆるし願います。

    

加藤先生の奉職当初のこと(1990年)。

茨城県内へ新たなお住まいに移られてはというお話を,

世話好きなある上司の先生から熱心に受けたものの,

その新たな地の方が逆に,通勤距離が遠くなってしまう上に,

車がないと暮らせない場所でもあったため,

お話をお断りをするまでに苦労した・・・というお話,

などのように,聞きいってしまうエピソードが多々思い出されますし,

また,エピソードネタのみならず,言葉遊び的なネタの分野にも,

要するに加藤先生が,駄洒落四天王とよばれた先生方のうちの,

上位であったことも相違ありません。

    

同年の秋,加藤先生は,

6期生(今春の卒業生は32期生)の5年生の

九州修学旅行引率に加わりまして,そのとある日に,

雲仙普賢岳(長崎)の最初の小さな噴火(1990/11/17

の響きを,至近の宿泊先の食事の時間に皆で感じた

ことがあり,それがまさか次の年に,

あのような大噴火をするとは・・・。

近年でも 「九州修学旅行あるある」

な談話を先生方でしていると,この経験談を・・・。

この噴火の衝撃が,奉職初年度に加藤先生が感じた

修学旅行自体への感動ないしは驚嘆以上に

いかに大きかったかが受け止められました。

    

3泊4日の望月校外学習 ( 現・北蓼科高原体験学習 )では,

毎朝の集会でラジオ体操第一が行われます。

この体操の模範を朝礼台に立って担当する予定の生徒たちを

集めて事前指導していたのは,音楽の加藤先生でした。

午後のかすが荘 ( 現・かすがの森 )の体育館でラジオ体操第一の

指南をしているところを何回も(=何年かにわたり)見かけました。

   

9期生が6年生のとき(1994年),

日没後のかすが荘・グラウンドで開かれるキャンプファイアのラストで,

体育の授業(ダンス)で当時6年生が習っていた

Love Train 』( TM NETWOK ) を生徒全員で踊るコーナーを作り,

そこへサプライズで,途中から引率教員団も乱入し,

生徒とともに混じって踊ろうじゃないかという提案したのも

確か,加藤先生。

   

かくして,毎晩,引率教員団は,

S・6T担任だった体育の小山厚子・八木ふき子両先生による

猛猛猛特訓のもと,生徒も寝静まった(はずの)時間に教員全員で

ラブトレインを踊る稽古稽古稽古,を継続した甲斐もあり,

当日のお子達へのサプライズは,予想以上の大反響。

山里の闇夜に燃え盛る炎を囲んで,

教員団の合流に驚嘆しまくる生徒たちの声を背に,

サプライズ,敢行。 私の左斜め前で,

紺のポロシャツ着て汗をだらだら流しながらも,

キレッキレにダンスする加藤先生の後姿と,

TMネットワークのボーカルの響きとが,

何か忘れられえぬあるべき光景として,脳裡に残ります。

   

12期生,6年普通科修錬コースを加藤先生が担任していた年(1996年)。

複雑に細分化された選択科目のカリキュラムの教室掲示を

一生懸命にわかりやすく作っておられました。

当時あった「ダンス発表会」(6年生クラス対抗,卒業間近の2月)

にて,ゴミ問題・環境問題をテーマとしたダンスのラストで

担任・加藤先生も登場して生徒らと共に淡々と表現に徹して

真面目なテーマの中に笑いを交えていたのが印象的でした。

 

加藤先生はピアニストであるだけでなく

ボーカリストでもありました。

森章先生との名デュオも,

全校行事においても何度か,

会場全体を魅了する機会がありました。

特に, 『 SAY YES 』(1991)。

菊池桃子ではなく,

CHAGE and ASUKA の方のです。

  

ピアノの演奏では,

一体などで集合時間までに余裕があるときなど,

日没前なのに,壇上のグランドピアノからムーディーな調べが

軽やかに聴こえてくるものだから,そちらを見ると

加藤先生が・・・,ということは何遍もありました。

   

ピアノでは,『Rhapsody in Blue

DA PUMP 1998)のではなく, Gershwin 1924) の方)

などの数々の記憶も蘇るのですが,

ある年の聖徳祭の内部公開日だったか,一体(第一体育室)壇上,

内田史子先生と数名の先生が唄ったんでしたっけ,

『 アジアの純真 』 の加藤先生による自由自在に奏でられる

グランドピアノの音も,まだ脳裡の鍵盤から再生されます。

  

7年前(2010年),レッスンシリーズで

加藤先生にお世話になっていました。

 

044 (記事中,最初の写真)

http://torideseitoku-tblog.jp/mizukoshi/1110

 

 

30期生が5年生のとき(2013年度)。

職員室で加藤先生とデスクがお隣でした。

境界がよくわからなくなったような記憶があります。

この年度末の加藤先生には,

卒業証書授与式で演奏する吹奏楽部生徒に,

指揮棒を振るお姿がありました(小塚先生が卒業学年担任のため)。

 

237 (記事中,12枚目の写真)

http://torideseitoku-tblog.jp/mizukoshi/4544

 

そのひと月後の新入生登校日に登校した

小6生・中3生(それぞれ現4年(高一)生・32期生)には,

入学式に向けて,学園歌斉唱を指導する

音楽科の先生方の中に。@二体。

 

241 (記事中,11枚目の写真)

http://torideseitoku-tblog.jp/mizukoshi/4588

 

10

今年(2017年)。

2月5日(日),

聖朋会(同窓会)30周年記念パーティーにて,

学園歌をクラビノーバで演奏する加藤先生も映った

26秒間の動画がありました。

こちらからご覧いただけます。 

https://youtu.be/7epXVl02w3k

 

(↓画像のみです。リンクは上記URLからどうぞ。)

 

  

11

5月11日(水)に全校集会がありました(15:20-15:50)。

その翌日は明和会(生徒会)の総会でもあったため,

集会の末尾で加藤先生は壇上から,

明和会総会に向けての連絡や心がけを語られました。

   

かつて,聖徳祭(文化祭)の担当を加藤先生や竹内先生が務めていた頃,

準備期間の数日間の 「全体HR」@1体 にて加藤先生はよくマイクを握られ,

この期間の特別活動の在り方や,準備活動の評価を

全校生徒の心に向けて,語りかけたり,語りあげたりという指導があり,

加藤節の出汁の旨味ただよう言葉かけをここでも感じましたが,

全校生徒に向けて語る加藤先生の姿はおそらくこれが最終となってしまいました。

 

翌朝5/12の職員打合せにおいても,

前日の生徒に向けての伝達内容のフォローについて

私たちは連絡をいただきましたが,

私たち教員に向けて語る加藤先生の姿もおそらくこれが最終となってしまいました。

  

ここまでの字数で書きつらねるつもりはなかったのですが,

今改めて多大なるお世話を受けていたことを知ることができました。

加藤隆司先生,先生よりお受けしました数々のご指導と恩情に対しまして,

厚く御礼を申し上げさせていただきます。合掌。

   

 

お別れの会のご案内です。

 

http://www.seitoku.jp/toride/2017/06/11007

 

 

2 コメント
コメント一覧
  • 1

    加藤先生親子で大好きです保護者会の時、ボク話長いんですって言って、確かに長いけど、意味ある話をしてくれましたし、個人面談の時、私のピアノの生徒の愚痴を聞いてくれました火曜日体育祭練習の時、紋白蝶が一羽飛んでたそうです。先生が荼毘にふされた金曜日も紋白蝶が一羽飛んできたそうです。あの蝶々は絶対カットゥだ!って言って、涙が出てきたって言ってました。
    5月の保護者会の時、母の日のカーネーションをみんなにサプライズでプレゼントしてくれる先生で、心遣いにマジサプライズ中條ちゃーんって話しかけてくれる先生が居なくなちゃって、ホントに悲しいです。

    by: 中條美由紀(5Mかのん母), on 2017/06/10
  • 2

    体育祭当日朝,グラウンドに生徒の皆さんが少しずつ集まってきてたときに,今吹いているのはつむじ風かな?とはじめ思っていたのですが,桜色の紙に印刷された大会プログラムが1枚だけ,風にあおられ,10〜20メートルくらいの高さまで,凧が高度を上げながら飛んでいるようなことが起きていました。数十秒の間,旋回しながらどんどん小さく見えてゆく大会プログラムの姿を,驚くことなく見上げておりました。

    by: 水越卓治, on 2017/06/13
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