先生のブログ

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  水 越 卓 治 

プロフィール
2018/06/08

卓460 出発点の夢現(ゆめうつつ)


第36回 体育祭(6/9(土))を目前に控え,

梅雨入りした水曜(6/6)と木曜の午前は屋内での練習が。

   

( 2018/6/7  9:05  9:47 )

 

  

3色対抗で全校生徒が出場する「大玉送り」にしても,

跳び続けた数を学級対抗で競う「長縄跳び」にしても,

  

練習時間を通して,「こうするといいかも」,「ああするといいのか」

と,コツややり良さを研究し合う場面を方々で見かけると,

一般教科科目の授業がお休みであっても,

皆にとっては意義ある時間であることを実感します。

   

9:58  2・3年生のダンス “Mamma Mia”(ABBA, 1975)

   

表現系の種目の練習にも

他学年が汗する姿に熱い視線が集まります。

   

木曜午後と金曜は晴天に。

設営作業もはかどりました。

  

6/7  10:51   11:03

   

6/8  10:06

   

3時台の掃除(友和班清掃)も,

  

6/7  15:35

  

私の担当場所は, 「来た人は○を記入」 扱いに。

  

( 「しもしも~」 な体勢で,○を記入中。 )

  

頬に当てているのは電話ではなく,

冷水機の水を詰めたボトルで顔の火照りを冷ましているのだとか。

前日の梅雨空からは,この日にまさか陽射しに悩まされるなどとは

予想しにくかったかもしれません。

    

( 6/7  14:20 )

  

天候に悩まされずにパフォーマンスできるとよいのですが。

  

なお,雨天の場合は,屋内実施に切り換え。順延や中止はありません。

      

    

∬∬∬∬∬∬∬∬∬∬∬∬∬∬∬∬∬∬∬∬∬∬

    

    

6/2(土),外環道国道298号線の千葉県区間が開通しました。

   

  

じつは,私が生まれた病院があった場所も,

この道路になりました(1歳ちがいのT先生もこの病院で生まれたそうです)。

さっそく,火曜日に午後半休を利用して,

生まれた地点を走りに行ってきました。

     

6/2  16:54  開通直後の渋滞の報  http://c-ihighway.jp/smp/map/map_kanto.html  

    

この道路は,

有料の高速道路である 「外環道」 と,

無料の一般道である 「国道298号線」 の2種類の道路の

二層構造(いわば「二階建て」)でできています。

   

初走行した火曜日は,開通4日目。

往路は,外環道を三郷JCT(ジャンクション)から市川南IC(インターチェンジ)まで17分,

復路は,市川南ICから三郷JCT国道298号35分(距離は約19km)。

   

すでに1992年などに開通していた埼玉県内などは,

田園地帯を貫通してできた区間も多かったため,

国道298号が地表で,外環道がその上を高架で造られた

二層構造が大部分ですが,   

6/5  16:19  三郷市高州 国道298号・内回り・草加方向 )

   

今回開通した千葉県の松戸市,市川市の区間は,

用地買収が難航し,建設事業の開始から49年経って,ようやく開通。

   

6/5  16:03  市川市平田  国道298号・内回り・松戸方向 )

   

「いよいよ開通」と併記された「ご理解・ご協力ありがとうございました。」が,

そのことをよく物語っています。

   

開通した沿線には,

住宅の地価表示の最高地点が,千葉県内では千葉市をさしおいて,

市川市の菅野(すがの)や八幡(やわた)にあります(もちろん,東京都にはおよびませんが)。

    

砂地を活かして江戸後期から梨の栽培がさかんだった八幡や菅野の一帯は,

大正以降,邸宅地として様変わりし(梨の果樹園は市の北部の大町などへ移動),

関東大震災(1923)や東京大空襲(1945)などの相次ぐ災禍で

都内から住まいを焼け出された人々の転入,

    

さらに,昭和の高度成長期の分譲住宅地や社宅の増加など,

歴史的ともいえる住宅都市・衛星都市の中核に,

高規格な高速道路と一般国道を南北に貫通させようとしたわけです。

   

高価な住宅地を用地買収するための財源確保に加え,

高架の道路に対する市民の不安(日照権,騒音,排ガス)などの難問山積は自明で,

小学生時代(40年ほど前)にこの道路の計画・構想を教わった時は,

どうやって建設するの?完成するわけがない,などと思ったものでした。

   

それが今,逆説的な意味で,夢の高速道路・国道の開通が実現。

気持ちの整理もつかぬまま,走行しに行くのでした。

   

6/5  15:47 地下とはいえ,火災時の排煙のためにも地上とつながってはいます。  )

   

結局,工夫に工夫が重ねられ,

外環道は市川市内はほぼ全区間,高架ではなく,地下に造られました。

   

京成電鉄(地表)を交差する菅野駅付近では,

国道298号は,地表から地下一階へくぐり,

その下の外環道は,地下一階から地下二階

へとくぐるアンダーパス。

   

6/3  17:08   実父撮影  菅野駅付近      黒松の高木は,古代は砂州であった市川らしさを象徴する景観です )

    

車で茨城方面から常磐道で浦安・幕張方面へ向かわれる方は,

三郷JCT(ジャンクション)で,「外環道・高谷方面」を目指して

通り抜けてみてください。

高谷JCTで,首都高・湾岸線,東関東道に出ます。

   

6/5  15:35 三郷JCT

   

自分の生まれた市川病院は,

26年前に東方へ300mほど移転していますが(現・市川総合病院),

   

6/5  16:04  国道298号・内回り・松戸方向  )

(2つ上の交差点の写真は,この左の写真の歩道橋上からこちらに向かって撮ったようです)

   

新たに生まれたこの交差点「市川総合病院入口」の,

少し先(北)のあたりにありました。 生まれた場所がこのように,

走り去れるようになるとは,思いませんでした。

  

人生の出発点が,通過点にも交差点にもなっている

というのは妙なものです。

   

その20数分後,

   

6/5  16:28  三郷市内  国道298号・内回り・草加方向 )

     

この日は,三郷にお住まいだった,

音楽の加藤隆司先生の 

お命日(一回忌)でした。

   

  

 

2 コメント
コメント一覧
  • 1

    お久しぶりでございます。
    T社のUでございます。

    一週間前のことになりますが、
    私、今年もまた、国土地理院の「測量の日」にちなんだイベントに行って参りました。

    セミナーを2つ、聴いてきましたが、
    面白かったのは、午前の、伊能忠敬について。

    江戸時代に、緯度を測るのは、北極星の仰角を測ればいいので、さして難しいことでは無かったそうですが、
    経度を測るのは、「時差」を測らなければいけないので、大変だったそうな。
    (このセミナーを聴くまで、気付きませんでした。)

    そのため、「日本全国ほぼ同時に起こる天体現象」を利用するとのことで、
    日食や、月食を利用したとのことでした。

    めったにないその天体イベントですが、それも、時差を測る2地点共に、晴れていなければならず、
    確率的には、さらに難しくなるとのことで…。

    そのため、「伊能図」は、南北に比べて、東西方向の方が、誤差が大きいとのことでした。

    その後、「歴史秘話ヒストリア」でも、伊能忠敬が取り上げられていて、
    それでも、すごい地図だったのだと、感心しましたが。

    by: T社のUです。, on 2018/06/10
  • 2

    伊能図のお話のシェア,ありがとうございます。
    UTC(協定世界時)の有難みを思います。
    没後200年だったんですね(5/15がお命日)。

    by: M越T治, on 2018/06/12
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